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佐鳴湖周辺の土地区画整理記念碑さなるこしゅうへんのとちくかくせいりきねんひ
概要
現在の佐鳴湖周辺は開発が進み、多くの住宅が建ち並んでいる。昔は樹木が生い茂り山林が広がっていた。しかし、戦後の開発によって町並みは大きく様変わりしている。
佐鳴湖周辺の開発
1952(昭和27)年頃、入野中学校や南平団地の建設用地として佐鳴湖西岸の山が開発された。そして、東京オリンピックが1964(昭和39)年に開催されることが決まると東海道新幹線の工事が始まり、路盤盛土用の土砂のために入野中学校の北側の山や志都呂団地の山が削られた。
新都市市街地の開発は1966(昭和41)年の西平、1969(昭和44)年の佐鳴台、1989(平成元)年には大平台と進められ、この三区画だけでも合計334ヘクタールという広さの土地が整地開発された。
土地区画整理記念碑
西平と佐鳴台に戦後の開発を物語る記念碑が建てられている。
入野町の西平第二公園には土地区画整理事業の完成を記念し、1973(昭和48)年4月に建てられた。また、西平に土葬の墓地が3ヶ所あったため、西平第一公園内の墓苑に改葬され、1968(昭和43)年に西平第一公園に建てられた観音菩薩像の台座には「慰霊塔の由来」と題して土地区画整理事業の為に墓地が整地されたいきさつが刻まれている。
佐鳴台三丁目の佐鳴湖東岸第二公園には「浜松市佐鳴湖東岸土地区画整理組合 完成記念」の碑が1978(昭和53)年11月に建てられた。
西平第二公園の記念碑
参考
『浜松市の石造文化財』(浜松市教育委員会)
『浜松市石造文化財所在目録』(浜松市教育委員会)
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