日本式点字にほんしきてんじ
代表者 | 石川倉次 |
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日本式点字の成り立ち
訓盲唖院(東京盲唖学校)の教師をしていた石川倉次はフランス人が考案した点字を日本式に作りかえる仕事に取り組んだ。
文字数が多く独特な発音がある日本語の点字作成は大変難しかったが、1890(明治23)年に完成させ、日本点字に選ばれた。さらに倉次は点字器や点字タイプライターも開発した。
1880(明治13)年ごろ日本にブライユの6点点字が入ってきたが当時は欧米の点字の紹介程度。
1887(明治20)年、官立東京盲亜学校でアルファベットをそのまま用いたローマ字方式の点字が導入され、教員や生徒の間で大きな反響を呼んだ。当時の日本のブライユ点字はローマ字の音韻組織に基づいて構成されていたため、かな文字を表すのに母音以外はすべて2字のアルファベットを必要とし、作業が煩雑。そこで東京盲亜学校長の小西信八はかな文字にあった点字の研究を依頼した。
同校ではローマ字でなく、日本語にあう点字について研究しようという気運が高まり、教員や生徒が三つの案を考えた。それらを持ち寄って検討した結果、教員の石川倉次によって五十音にあうように改良された石川案が、点字選定会場において満場一致で、正式に日本点字として採用された。それが1890(明治23)年11月1日だったため、それ以後11月1日は「点字記念日」となっている。
石川は「点字器」、「点字ライター」も開発し、日本点字の父といわれている。
懐中点字機
点字を書くために用いる道具を点字器という。そのうち広く用いられているのが点字盤。標準的な点字盤は、板と定規と点筆のセットで両面書き。板は、メーカーによって木製とプラスチック製があり、定規は2行32マス書けるようになっている。点筆は、木製またはプラスチック製の握りの部分に金属製の細い先端部分がつく。点字用紙をセットする場合は、板の左側の縁に紙をあわせて、右側の縁からはみ出た紙の部分を折り返し、折り返した部分を右側の上にして、紙押さえで固定する。裏面に書く場合は、紙を裏返しにして紙押さえの上の方の針で開いた穴を下の針に刺して固定。なお、ページ数は、表ページの上部だけに奇数ページを書く。点筆は、握りの上部を人差し指の内側に当てて、親指と中指で支えて握る。紙に対して垂直に打ち込むことで点字を書く。比較的安価で携帯に便利な懐中点字器は板と定規が一体で片面書き。
石川式点字タイプライター
点字タイプライターには、片面書きと両面書きがある。これに加えて、キーの配列にも、凸面用と凹面用の2種類がある。どの点字タイプライターにも、点字の六つの点に対応した六つのキー、マスあけのためのスペースキー、1マス戻すためのバックスペースキー、行を送るためのレバーが付く。それぞれの点に相当するキーを同時に押すことによって、点字を1マスずつ書いていく。
参考
書籍
日本点字への道
石川倉次先生伝
見学
中央図書館の前庭記念碑
浜松といえば
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