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浜松のウエイトリフティングはままつのうえいとりふてぃんぐ
浜松のウエイトリフティング
1955(昭和30)年に静岡県内各地のウエイトリフティング愛好者たちによって静岡県重量挙げ協会(現:静岡県ウエイトリフティング協会)が結成された。しかし、競技用のバーベルなどといった器具や指導者も不在といった状態だったため、当時、愛知県で競技者として活動していた佐久間町出身の平賀利夫に要請し、平賀は自前バーベルと共に県内の重量挙げの普及に取り組んだ。
1956(昭和31)年には浜松重量挙げ協会(現:浜松市ウエイトリフティング協会)が設立されると、ものめずらしさも手伝って入会者も少なくはなかったが、厳しい練習に耐えられず、やめていく人も多かった。
その後、佐久間町出身の三輪定広が1961(昭和36)年にスナッチ※で120kgの日本新記録を樹立し、1964(昭和39)年の東京オリンピックでは5位入賞を果たすなど、好記録を残している。
しかし、近年では練習場に恵まれず、高校の部活動としてもウエイトリフティング部がないことなどにより、市内では衰退の一途をたどっている。
※スナッチ/地面に置いたバーベルを一気に頭上まで引き上げ、上げた重量を競う
関連項目
参考
『静岡県体育史』(静岡県体育協会)
『静岡県体育史』1988~1997(静岡県体育協会)
『静岡県体育史』1998~2007(静岡県体育協会)
『浜松市体育協会史』(浜松市体育協会)
『静岡県昭和人物誌』(静岡新聞社)
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