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光電子増倍管こうでんしぞうばいかん
代表者 | 堀内平八郎 |
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堀内平八郎
堀内平八郎は小学生のとき「今見ている北極星の輝きは800年前の輝き」と聞いたことが光への興味を持った最初。以後、浜松高等工業学校(現:静岡大学浜松キャンパス)で髙栁健次郎の下でテレビの研究に取り組み、さらに戦後は1948(昭和23)年に東海電子研究所を創設し、1953(昭和28)年には浜松テレビ(現:浜松ホトニクス)として研究に打ち込んだ。
光電子増倍管の開発
地球上には空気、水、光の存在があり、日常無意識に利用しているが、中でも光は学問と利用の両面で未開拓の分野が多い。これを追求することで光を更に高度に活用する手段を開発すれば、おおいに役立つはず。こうした理念を持ち光と電気の変換手段即である光電変換素子の研究に打ち込んだ。そしてついに開発した「光電子増倍管(こうでんしぞうばいかん)」は、微少光や不可視交線にも高感度を持つもので、産業発展の上で画期的なものとして高く評価され、1968(昭和43)年の関東地方発明表彰の他、多くの賞を受賞した。
ニュートリノ
日本の物理学者である小柴昌俊が、1987(昭和62)年、ニュートリノの観測に成功したことにより、2002(平成14)年のノーベル物理学賞を受賞したが、この際の観測に使われた素粒子観測装置カミオカンデには、浜松ホトニクス製の20インチ光電子増倍管が多数使用された。
参考
『浜松ものづくり人物伝』
『浜松ホトニクス40年史』
『遠州機械金属工業発展史』
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