有賀豊秋ありがとよあき
誕生地 | 現:浜松市東区有玉南町 |
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生年 | 1790(寛政2)年 |
没年 | 1882(明治15)年 |
有賀豊秋とは
江戸中期の国学者・俳人。
生涯
1790(寛政2)年5月21日に長上郡有玉幡屋村(現:東区有玉南町)で生まれた。
幼少から高林方朗(たかばやしみちあきら)に国学を学び、13歳に時には本居大平の門に入り、国学研究に情熱を燃やした。
1864(元治元)年頃から浜松を中心に国学研究会ができ、池田庄三郎の別荘比礼廼舎(ひれのや)に毎月集まっては研究が行なわれていた。そこには杉浦国頭(すぎうらくにあきら)や桑原真清らが集まり、豊秋は講師として招かれていた。この会はやがて遠州報国隊の母体へと発展していった。
皇学や歌道、さらには俳詣の世界でも才能を発揮したため門人も多くいた。
1882(明治15)年10月6日に93歳で他界している。
豊秋の墓碑は東区有玉南町にあり、その近くには事績碑や歌碑などもある。
歌碑
豊秋の子孫有賀豊隆が1881(明治14)年10月に建立。墓碑の横にある。
「あし引の山川よもに澄月わ心にうつす鏡なりけり」
参考
『浜松の史跡』(浜松史跡調査顕彰会)
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