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サラダ菜さらだな

サラダ菜栽培の始まり
1970(昭和45)年ごろ、西遠地区にサラダ菜の栽培が導入された。導入当時は需要が少なかったが、食生活の洋風化に伴い栽培面積も増加していった。
神久呂地区を中心にしたサラダ菜栽培は、1988(昭和63)年ごろには全国生産の一割を占める産地を形成。同地区では大型ハウスを建て、3作から5作の周年栽培を行なった。しかし、周年栽培であるため、土壌病害が発生し、生産性が落ちたため、土耕から養液栽培へと転換。現在、浜松市西区の神久呂地区と雄踏地区で水耕栽培によりサラダ菜の栽培が行われている。

 

 

浜松のサラダ菜
周年栽培で年間8作程度が可能なサラダ菜は主に京浜地区と中京地区に出荷されており、サラダ菜を一つ一つ袋詰めにして他産地との差別化を図り、産地特産物として市場から高い評価を得ている。
レタスの仲間であるサラダ菜は、結球はするものの柔らかく、頂部は完全に包合しない。カルシウム、リン、鉄、ビタミン類もレタスより多く含まれている。

 

 

参考
『静岡県 農・林・水 産地ガイド』(関東農政局静岡統計情報事務所)

 

 

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