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光明城こうみょうじょう

所在地 浜松市天竜区山東字光明山
時期 1573(元亀4)年~1575(天正3)年
光明城とは

光明城は、武田氏の支城の一つ。築城は、享禄年間(16世紀前半)に今川氏家臣の朝比奈時重により行われたと考えられている。この時に元来その地にあった密教寺院光明寺は、この城から300mの地へ移転させられている。この城は1573(元亀4)年~1575(天正3)年にかけて史料に登場しており、武田方の城として見える(図説 遠江の城)。1575(天正3)年6月24日に徳川軍により落城させられた。

 

遺構

本郭、二之郭、空堀等が残っている。城跡からは、二俣の街から浜名湖まで見渡すことができ、すぐれた見晴らしである。
 

備考

光明寺は後に城跡に移転したが、火災の為天竜区役所近くの現在地に移転している。

 

参考

「図説 遠江の城」(郷土出版社)
「ふるさと歴史ガイドブック-二俣・光明編-」(天竜市役所)
 

 

 

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