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竹山平八郎03 たけやまへいはちろう

誕生地 現:浜松市東区天王町
生年 1855(安政2)年
没年 1934(昭和9)年
任期 1916(大正5)年3月24日~
1920(大正9)年3月23日
竹山平八郎とは

竹山平八郎は、浜松市の第3代浜松市長。任期は、1916(大正5)年3月24日~1920(大正9)年3月23日。

 

生涯 

1855(安政2)年1月13日、長上郡下堀村(現:浜松市東区天王町)の庄屋の次男として誕生。兄が戦争等で家を離れている間、家督を継いで酒造業を営みながら、区の戸長や浜松県交撰民会議員などを務めた。兄が帰郷したのを機に浜松の塩町に分家。その後、長上・敷知、浜名郡の書記を経て、浜松町長、浜名郡会議員、浜松市議、市議会議長を務め、1916(大正5)年には第三代浜松市長に就任した。

1期4年の間は、第一次世界大戦の影響からインフレによる社会不安が増大。1918(大正7)年の米騒動を受けて、米廉売を斡旋したり、生活困窮者の救済をしたりと尽力するとともに、翌年には伝馬町に直営の日用品販売場を設けるなど、市民生活の安定をはかった。

1916(大正5)年曳馬村の一部と天神町村馬込を合併し、1918(大正7)年には市役所を紺屋町から利町(現:五社公園の場所)へ移転した。

市長退任後も学務委員や都市計画調査委員などを歴任し、1934(昭和9)年2月2日死去。

 

参考

浜松市ホームページ

歴代浜松市長と市政のあゆみ展冊子(浜松市立中央図書館編)

 

 

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